
渇水期施工が義務付けられてはいるものの、それまでに出来ることはやっておこうと準備に余念がなかった新寺谷川橋下部工工事ですが、ほぼほぼ・・って思わずキーを打ってしまってから苦笑い、ぼくねえ、キライなんです、この「ほぼほぼ」っていう言い回しが。
だってそうでしょう。「ほぼ」自体が、あるべき、あるいはあろうとする状態の上限近くであることを指し示す言葉なのに、さらに「ほぼ」を付け加えると、たとえば「ほぼ」が90%だとした場合、「ほぼ(90%)×ほぼ(90%)=81%」というように、「ほぼ」よりも後退した様子をあらわすのか、それとも、「ほぼ+ほぼ」で限りなく100%に近づくのか、いったいどっちを表現しようとしてアンタは使っているんだい?と質問したくなりますし、
たとえば、「大体において完成」という状態を言い表したいけど、「ほぼ完成です」と言い切ってしまう自信はない、でも、その進捗はアピールしたい、そんな予防線を張った心の底のあいまいさが、「ほぼほぼ完成です」という「責任逃れ」的な表現となってしまっているんじゃないのか?てな違和感がつきまとって離れないからです。
それに、日本語では言葉を2回繰り返して強調するのは、擬音語や擬態語(オノマトペ)が多く(どんどん、ガンガン、ドキドキ、さらさら・・)、たぶんそれゆえなんでしょう、幼児語(ポイポイ、トントン、ペンペン・・)によく見られる原始的な表現方法です。
といっても、大人が擬態語擬音語以外に繰り返し表現を使わないということはなく、人々、日々・・など「たくさんあること」や、次々、点々・・など連続性や順番をあらわすもの、あるいは、しばしば、たびたび、そろそろ・・など時間軸を表現するものがありますが、ここでわかるようにそれらは、「音や感覚」「複数・連続」「時間」のいずれかをあらわす言葉です。
あゝそれなのにそれなのに。「ほぼ」は程度をあらわす言葉であって、それらの法則には当てはまりません。そんなことから類推すると、よい大人が「ほぼほぼ」と口にするのを聞くと、幼稚な印象がぼくの脳内にインプットされ思わずイラッとしてしまう、なんて感じなんでしょう(たぶん)。
と、ふだんから思っているのに、思わず使ってしまった自分自身が情けなくなってしまった月曜の朝、本題とは関係ないことに思わぬ時間と字数を費やしてしまったので、あとは短くいきますね。
そう、新寺谷川橋下部工工事です。
3次元配筋モデルが完成しました。
じゃん!

片方(A1橋台)ができあがったのは先日ご紹介したとおり。
ほどなくあとのひとつ、A2橋台もできあがりました。


じつを言うと、ぼくがこの配筋モデルというのをつくったのはこれが初めて。
なので、A1の方にはけっこうな時間がかかってしまったのですが、そこはそれ、何事においても慣れるというのは大事なことで、今回はスムーズかつスピーディーに完成し、現場担当に干渉チェック結果などなどを報告するために、ちょっと待てよと自己規制。何事においても他者へと成果物を渡す前には、まずセルフチェックが必要です。
と、あったあった。

PC上部工のアンカー部分と「たて壁」天端配力筋がみごとに干渉していますが、「ちょっと待てよ」と2次元設計図に戻って再検証。すると、やっぱりモノの見事にマチガッておりました。いや、設計者が、じゃないですよ、このぼくが。図面の寸法を読みマチガッたまま3次元化しておりました。するわけないですよねプロの設計者が、こんなイージーミスを。
と、そんなことなどがあったことを大いに反省しつつ、問題点として挙がった箇所を中心に再度チェック。ヨシ、これでオッケーだろう、と判断したところで、これから検証結果をまとめ、担当者に報告するところ。これでぼくの役割は、ほぼほぼ終了です・・・ってあれ?またやってもうた(笑)
いやいや他人のことを責める資格はございません。
ということで、修行し直してまいります。
でわ。
(みやうち)
